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2006年8月 3日 (木)

戦艦武蔵

いつか必ず来るこういうとき。

吉村昭氏が亡くなられました。

家内が新聞記事で見つけました。

「ご自宅三鷹だったんだね」が家内の感想。

当然私は全く面識なしです。

だけど10歳ごろに読んだ「戦艦武蔵」は私の「生涯の一冊」の一つ。・・・ファンでした。いや正確には「戦艦武蔵」のファンだったのかもしれません。

でも「吉村 昭」という活字を見るだけで心躍ります。

牛車に曳かれて運ばれる最新鋭戦闘機の描写が印象的な「零式艦上戦闘機」、閉塞された世界の恐怖がトラウマの「深海の使者」、沈んだら最後ほぼ全ての乗員が死滅してしまう事実に驚愕した「海の史劇」、中学の教科書に出ていた「星の葬列」など、何というか、凄く「命」がわらわら山ほど消えてく事実を知らされ、そして惹かれた気がします。

私は父親を7歳で亡くしましたが、父の友人だった方の中には武蔵建造に携わった方々のご子息もいらっしゃいました。

ある時、吉村昭先生が取材に来られた時の話を酒の肴に話してもらいました。

約一ヶ月もの間通って来られたそうです。いったいどれくらいの間長崎にいらしたのか分かりませんが、小説の取材がそんなに大変なものとは知らなかったので驚きました。

「サイン入りの本がとってあるよ」とか、「また読む機械があったら、○○がうちの親父だからね」とか。・・・・思案橋で飲んだなぁ。しかも吉村先生「肴」だし。

武蔵建造の折は三菱長崎造船所のまだ造船技手だった母方の祖父は武蔵建造との直接的な関わりはありませんでしたが、造艦の話を沢山してくれました。(しかしホントは「戦艦武蔵」を読むまでは殆ど聞いてなかったです)

Photo_34高校2年の時ふとしたきっかけで、文化祭で「戦艦武蔵展」を企画展示しました。
その時展示した1/700と1/350の二隻の田宮の武蔵は、製作に8ヶ月もかかってしまい、その間全く勉強しなかったのも思い出です。
これは昭和63年当時の証拠写真。

  
 

Photo_36一応完成写真ですが、文化祭当日まで作っていて、空中線を張れなかったです。

しかも玄関に飾っていたら落ちてきた額縁で大破し、そのうち捨てられました。

「戦艦武蔵」と出会って以後、私の中にそれを映像として見てみたいという欲求が沸いてきました。そのうちに映像や特撮技術への興味が強くなり、映画を志すようになりました。

その結果は、・・・まぁ、平凡な仕事とありきたりな毎日の繰り返しです。

でも! 私の中にいつか確かな武蔵像をパズルのように組み上げていくのが今の私の夢です。簡単にはあきらめませんよ!

Photo_38昔の写真を探したら出てきたのでおまけ。

旧制高校時代の父方の祖父です。

昭和一桁の写真です。

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コメント

吉村昭氏は私も大ファンで、ほぼ全作持っています。「戦艦武蔵」も「破獄」も、何回となく読みました。テレビで訃報を聞いた時は、しばし茫然。物書きの鑑として、一度お会いしてみたかった。冥福をお祈りします。合掌。

投稿: じい | 2006年8月 3日 (木) 22時12分

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